【古今著聞集】

  古今著聞集は、橘成季という人が編集したとされる、鎌倉時代中期の説話集です。
 全20巻・30編におさめられている説話集は、ほとんどが国内限定、しかも年代順に配列されています。また、すべての説話は百科事典や古今和歌集のように、内容によって分類されています。収録した説話には明確な出典があるものも多く、綿密な編集意図のもとに成立した様子がうかがえます。
 説話には、成立当時である鎌倉時代のものよりも、むしろ平安時代のものが多く、内容も「和歌」「管絃」のような王朝的なものが目立ちます。分類が古今和歌集に倣っているところなどからも考えて、平安王朝への憧れが強いのではないか、とも考えられています。テキストです。ここをクリックして「テキストを編集」を選択して編集してください。

古今著聞集の猿の話

六八〇紀躬高の前身の猿法華經を禮拜の事

越後國に乙寺といふ寺に,法花經持者の儈住(すみ)て,朝夕誦しけるに,二(ふたつ)の猿きたりて經をきゝけり。二三日をへて,儈こゝろみに猿に向(むかひ)て云(いう)やう,「汝なにの故につねにきたるぞ。もし經を書(かき)たてまつらんと思ふか」といへば,二の猿掌を合(あわせ)て,儈を頂禮しけり。あはれに不思儀におもふ程に,五六日をへて數百の猿あつまりて,楮(かうぞ)の皮を負(おひ)て來(きた)りて,儈の前にならべをきたり。この時儈これをとりて,料紙にすかせて,やがて經を書(かき)たてまつる。其間二の猿やうやうの果(くだもの)をもちて,日々にきたりて儈にあたへけり。かくて第五卷にいたる時,この猿みえず。あやしく思ひて山をめぐりて求(もとむ)るに,ある山の奥に,かたはらにやまのいもを置(おき)て,かしらを穴の中にいれて,さかさまにして二の猿死(しに)てあり。山のいもをふかく堀入(ほりいれて)て,穴におちいりて,えあがらずして死(しに)たるなめり。儈あはれにかなしき事限なし。其猿のかばねをうづみて,念佛申(まうし)てして廻向(ゑかう)して歸(かえ)りぬ。その後經をばかきおはらずして,寺の佛前の柱をゑりて,その中に奉納してさりぬ。其後四十餘年をへて,紀躬高朝臣,當國の守に成(なり)てくだりたりけるに,先(まず)彼寺にまうでゝ,住儈尋(たづね)てとふやう,「もし此寺に書(かき)をはらざる經やおはします」とたづぬれば,そのむかしの持經の儈,いまだいきて八旬のよはひにて出(いで)て,此經の根源をかたる。國司大きに歡喜(くわんき)していはく,「われ此願をはたさむがために,今當國の守に任じて下(くだ)れり。昔の猿はこれわれ也。經の力によりて人身(にんじん)をえたるなり」とて,即(すなはち)さらに三千部をかきたてまつりけり。かの寺いまにあり。さらにうきたる事にあらず。